住み込みの大工さんが家にいた、社長の子ども時代。
こんにちは。
先日、社長にちょっと質問をしたところ、
「え、それ初めて聞いたんですけど…!」
という話がいろいろ出てきたので、
『社長にいろいろ聞いてみよう!』のコーナーを勝手に始めます(笑)
記念すべきVol.1はこちら。
社長が建築の道に入った原体験は?
社長の実家は工務店。
家の目の前には事務所と加工場があり、なんと住み込みの若い大工さんたちが家に出入りするのが当たり前で、よく遊んでもらっていただったそうです。
今ではなかなか聞かない時代ですね。
幼い頃から木の匂いや大工さんの仕事がすぐそばにある環境で育ち、
加工場では端材を使って秘密基地を作ったり(現場から出た建具や襖を利用して壁や屋根にしていた)、池に浮かべる“乗れる船”を作ったりして遊んでいたんだとか。
スケールがちょっと違います(笑)
ものづくりや絵を描くことも好きで、絵画では県特選を取ったこともあるそうです。

小学校の卒業アルバムの表紙
笠岡出身の画家:小野竹喬(ちっきょう)の風景画屏風「波切村」を真似て書いたそう・・渋い・・

小学生の時に彫った彫刻
当時の担任に「お父さんが彫ったんじゃないか」と言われたそう
…ここまで聞くと、
「幼い頃から建築一直線だったんですね!」
と言いたくなるのですが、
子どもの頃の夢はまさかの『トラック野郎』。
理由は、
「父親が映画が好きで、盆と正月は映画館に連れて行ってもらった。
その時見た映画『トラック野郎』に出てくるデコトラ(カスタムしたり派手にデコレートしたトラック)が
フェラーリなどのスーパーカーよりカッコよく感じていた。
トラック野郎の様に気ままに全国を走りまりたかった。(家を出たかった)」
だそうです(笑)
↓社長作プラモデル(社長の趣味はプラモデル。最初は住み込みの大工さんに教えてもらった)


そんな社長ですが、
高校は建築学科に行きたかったものの、ご両親から
「普通科に行って勉強しなさい」
と言われ、普通科へ。
さらに大学も、
「建築はあとからでも勉強できる」
という理由で法学部へ進学。
ちなみに本人いわく、
「法律は全然興味なかった」
とのこと。
大学時代はバイトばかりしていたそうですが、
そのバイト先で今の奥様と出会ったそうなので、結果オーライかもしれません(笑)
そして卒業後。
再び親御さんから建築の専門学校を勧められたそうですが、
「親の言う通りばかりではダメだ」
と思い、自分の意思で住宅メーカーへ就職。
そこから本格的に住宅の世界へ入っていったそうです。
一直線ではなく、遠回りもしながら今につながっている感じが、なんだか社長らしいなと思いました。
第二弾もお楽しみに!