聖徳太子は「大工の神様」?
2月22日に感じる、ちょっと不思議なご縁
「聖徳太子」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべますか?
昔のお札に描かれていた人。
十七条憲法をつくった人。
「一度に何人もの話を聞き分けた」という逸話を思い浮かべる方もいるかもしれません。
実は私たち建築に携わる人間にとって、聖徳太子はもうひとつ、少し特別な存在です。
聖徳太子は古くから、大工や建築に携わる人々に信仰されてきた人物なのです。
なぜ聖徳太子が「大工の神様」なの?
聖徳太子と建築には、深い関わりがあります。
聖徳太子は仏教を広めるとともに、百済から「番匠(ばんしょう)」と呼ばれる多くの優れた職人を招き、日本に高度な建築技術を取り入れたと伝えられています。
四天王寺などの寺院建立にも関わったことから、後世の大工や建築職人たちは聖徳太子を敬い、建築技術の向上や工事の安全を願って祀るようになりました。
大阪の四天王寺には今も「番匠堂」というお堂があります。
そこに祀られている聖徳太子の手には、大工道具である曲尺(かねじゃく=さしがね)。

この姿は「曲尺太子」と呼ばれています。
曲尺を中国から移入し、大工を集め講義を開いて建築の基礎などを教えたのだそうです。
昔から大工たちが聖徳太子を大切にしてきたという話を知ると、建築という仕事が長い歴史の中で受け継がれてきたものなのだと、改めて感じます。
そして、聖徳太子の命日は「2月22日」
聖徳太子は、一般に622年2月22日に亡くなったと伝えられています。
現在も四天王寺では毎月22日に、聖徳太子を偲ぶ法要が行われています。
そして実は、この2月22日。
森本工務店にとっても、ちょっと特別な日なんです。
なぜなら――
森本工務店の会長の誕生日も、2月22日。
偶然といえば偶然なのですが、知ったときには少し驚きました。
大工から始まった、森本工務店
森本工務店の会長も、もともとは大工です。
木と向き合い、家をつくる職人として仕事を始め、そこから森本工務店を立ち上げました。

以前の記事でもご紹介したように、
「木ほど特徴を出せるものはない」
「木は気持ちが逃げるとどんどん離れていく。木は気合いを入れると生きてくる」
という考えを大切にしてきた人でもあります。
聖徳太子が建築に携わる人々から「大工技術の始祖」として敬われ、その命日が2月22日。
そして、その同じ2月22日に生まれた会長が、大工として歩み始め、工務店をつくった。
もちろん、ただの偶然かもしれません。
でも、こうして森本工務店が今も木を扱い、大工の技術を大切にしながら家づくりを続けていることを考えると、
「何かご縁があるのかな」
なんて、少し思ってしまいます。
家づくりの方法や道具は、時代とともにどんどん変わっていきます。
それでも、木を見て、木の性質を考え、人の手で家をつくる。
そして、受け継いできた技術を次の世代へつないでいく。
そんな部分は、ずっと変わらないのかもしれません。
2月22日。
これからは会長の誕生日とともに、森本工務店にとって「大工の仕事の原点を思い出す日」としても、大切にしたくなる日です。